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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)2301号 判決 1980年10月14日

原告

明治物産株式会社

右代表者

内藤和夫

右訴訟代理人

飯塚孝

被告

近藤国雄

主文

一  被告は、原告に対し、金一八八〇万六七五五円及びこれに対する昭和五四年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一請求原因1ないし3の各事実(原、被告の地位、委託追証拠金預託事由発生の通知等の義務の発生)は、当事者間に争いがない。

二被告らが担当していた山田和及び篠原仁太郎の各名義の口座について実在の顧客がいることは、当事者間に争いがない。ところが、<証拠>によると、被告は、山田和及び篠原仁太郎の各名義の口座について、原告に対し、これらの顧客の本名、住所を知らせるぐらいならば、自己の手張りとして扱われてもやむを得ないといつて、所定の委託証拠金の預託もしなかつたため、原告は、やむなく両口座について強制手仕舞いせざるを得なかつたことが認められる。

三1  山田和名義口座の昭和五二年三月三日以前の繰越残金が四六三万四〇〇円であつたこと、別表1の番号1から27までの売買取引、差損金、手数料等の額が同表記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。また、<証拠>によると、同口座につき別表1の番号28から39までの売買取引が同表記載のとおりの内容で行われたことが認められる。したがつて、同口座の昭和五二年三月四日から同年七月二一日までの間における清算差損金は、手数料を含めて二六二九万六〇〇〇円であるから、前記繰越残金を控除すると、二一六六万五六〇〇円となる。しかし、他方、<証拠>によると、同口座からは、同年五月二六日に顧客に現金三七五万八九〇〇円を払い出したが、同口座には、同年七月八日に一五〇万円、同年八月五日に九八〇万五二〇〇円、同月九日に三五四万一二七七円、同月一〇日に一〇一万三一〇九円、同年一一月一八日に一五五万三六一七円が入金されたことが認められる。よつて、山田和名義口座の清算差損金は、八〇一万一二九七円となる。

2  篠原仁太郎名義口座の別表2の番号1から22まで、28、30、34の各売買取引、差損金、手数料等の額が同表記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。また、<証拠>によると、同口座につき別表2の番号23から27まで、29、31から33までの各売買取引が同表記載のとおりの内容で行われたことが認められる。したがつて、同口座の昭和五二年三月四日から同年六月二二日までの間の清算差損金は、手数料を含めて三二八六万円である。しかし、他方、<証拠>によると、同口座には、同年五月一三日に二八万一〇〇〇円、同月二〇日に九万八五〇〇円、同年六月二日に六〇万六五〇〇円、同月一三日に二一〇万四〇〇〇円、同月二四日に七万二〇〇〇円、同年七月二九日に一六二七万九六五五円、同年八月五日に一八四万三一六三円、同月九日に七七万九七二四円の各入金があつたことが認められる。よつて、篠原仁太郎名義口座の清算差損金は、一〇七九万五四五八円となる。

3  したがつて、右両口座の清算差損金額の合計は、一八八〇万六七五五円となる。

四原告は、前記差損金が発生した後においても被告を再三呼び出して前記の各名義口座の本人に会わせるように要求したが、被告は、顧客の本名も住所も知らせようとせず、自己の手張りとして処理してくれといつて、原告の要求に応じなかつたことは、当事者間に争いがない。そして、<証拠>によると、原告は、前記両口座の名義人本人について氏名、住所等を知ることができないため、これらの者に対する前記差損金に係る債権を回収することができなかつたことが認められ、原告は、これによつて同額の損害を被つたことになる。

五<証拠>によると、原告会社においては、外務社員規程及び就業規則の明文上は、外務員は、会社に対し業務上不利益ないし損害を与えないようにするべき義務がある旨定められているにすぎないものと認められるが、およそ商品取引員たる会社と外務員との間の雇用契約の趣旨からして、外務員は、自己の担当した顧客に関しては、委託追証拠金預託事由発生の通知、差損金債権の回収等の業務上の必要性にかんがみ、会社に対し、顧客の真実の氏名、住所等を告知すべき義務があるものというべきである。

ところが、被告は、原告の外務員でありながら、自己の担当する顧客である前記両口座の名義人の真実の氏名、住所等を原告に告知しなかつたこと及び原告がこれによつて損害を被つたことは、前記四のとおりであるから、被告は、原告に対し、債務不履行による損害賠償責任を負うものといわなければならない。

六1  被告は、昭和五二年六月二八日ころ、原告の新宿支店長に対し山田和名義の口座について建て玉全部を手仕舞いするように申し入れたから、原告は同日以降に発生した差損金等は請求することができない旨主張し、被告本人尋問の結果は、右主張に符合するが、<証拠>によると、被告は、昭和五二年六月ころ原告の新宿支店長に電話で建て玉を手仕舞うように申し入れたが、当日輸入大豆につきストップ安のため取引が成立しなかつたので、右支店長がその旨原告に伝えたところ、原告は、その後の処置については後日連絡するといつたまま、その後何の連絡もしなかつたことが認められるから、右の申し入れに基づく手仕舞いが成立したことを前提とする被告の前記主張は、理由がない。

2  また、被告は、篠原仁太郎名義口座について、昭和五二年六月一一日に委託追証拠金が必要な状態になつた時点において原告は全建て玉につき手仕舞いすべきであつたのに、手仕舞いしなかつたのであるから、原告は同日以降に発生した差損金等については請求することができない旨主張する。

しかし、建て玉につき委託追証拠金の預託が必要になつた場合において、委託者からその預託がなかつたときは、受託者たる商品取引員は、自己の債権確保が図られないことによる被害を防止するため、委託建て玉を処分し得る権限を取得するが、委託建て玉を処分すべき義務を負担するものではないから、被告の右主張は失当である。<以下、省略>

(加藤和夫)

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